心臓ドックのシステム

川田裕人

 我が国では世界に類を見ない検診システムがすでに構築されてきたが、その中心は古くは肺結核の早期発見であり、その後は消化器系の悪性腫瘍を中心とした悪性新生物の早期発見、および高血圧・糖尿病・高脂血症などの生活習慣病の早期発見にあったと思われる。これに対し脳、心臓血管の動脈硬化に起因する疾患に関する検診システムは一般検診あるいはドックの中で、希望者へのオプションとして行われていた。近年、主として脳血管障害の早期発見を目的とする脳ドックが注目され普及されたが、虚血性心疾患の早期発見を目的とする心臓ドックは、それに対しやや遅れをとっていることは否めない事実であろう。本稿では循環器系疾患の早期発見・予防を目的とする心臓ドックのシステム構築をいかにするかについて述べたい。

 

・基本事項

 心臓ドックの受診希望者は社内検診、住民検診などの一般検診、あるいは一般的な(あるいはそれ以上の)人間ドックをすでに受診している場合が多く、なるべく同じ内容の検査を行わないことが望ましいし、さらには費用の削減に役立つ。また、今までのところ我が国における検診、あるいはドックで異常を指摘しなかったケースで、その近い将来において何らかのイベントを発生した場合の責任をその医療機関が指摘され、あるいは医療訴訟の対象になったという事例は、皆無でないにしろ少ないと思われるが、今後はその限りではないと考えられることから、出来うる限りその結果が「現時点での最良のエビデンス」を提供できるものであり、かつ予測値(predictive value)の高いものであることが当然のことながら求められる。

 

・予約の際の注意点

 ドック受診希望者は基本的には無症状であることが多いが、動悸、胸痛、息切れなどの何らかの自覚症状を有する場合や、一般検診、ドックなどで心電図異常(虚血性心疾患の疑い、不整脈、心室内伝導障害など)、心拡大を指摘されたために受診を希望することも多い。また、すでに高血圧、糖尿病、高脂血症などで治療中のことも多いため、ドック受診の予約の時点で、受診の目的あるいは理由(どのような経緯で受診を希望されているか)、症状の有無、現在治療中の疾患の有無および病名、内服薬の有無および内容(糖尿病であればインスリン投与の有無・種類なども)などを質問し把握しておくことが望ましい。従って予約の段階で、可能であれば医師、看護師、臨床検査技師、薬剤師などの医療従事者が応対することが必要と考えるが、それが不可能であれば質問事項のマニュアルを作成することも一考である。特に運動負荷心電図を行う際、その数日前からのβ遮断薬の服薬中止、インスリン投与中止(中間型、持続型では前日から、超速効型、速効型では受診当日)など医師の判断が必要な場合もある。

 

Low diagnostic technology

 世界中で読まれているHurst’s THE HEARTの著者である著名な心臓病学者のJ.Willis Hurstはその著書の中で¹⁾心臓病を診断・評価する際、問診、身体診察所見、心電図、胸部単純X線撮影などlow diagnostic technologyの重要性を説いているが、ドックにおいても病歴、家族歴、喫煙・飲酒歴などの問診、身長・体重から算出する肥満指数body mass index(BMI)、ウェスト/ヒップ比waist-to-hip ratioの身体計測から始まる身体診察は重要であり、特に両上下肢の血圧測定、心音、心雑音の聴診、頚動脈波・頚静脈波所見、腹部における膨張性腹部腫瘤、収縮期雑音および振戦の有無の確認などは循環器専門医を自負するのであれば、その異常を見逃してはならないものである。胸部単純X線撮影では正面像はもとより側面像も行い胸部大動脈瘤を出来うる限り除外しておきたい。

 

・血液・尿・生化学検査はどうするか

 血液・尿・生化学検査は、上述したとおり一般的な検診・ドックで行われる項目に関してはなるべく重複しないほうが良いと考えるため、なるべくその結果を持参していただくことをお勧めしたい。貧血・多血症の有無、蛋白尿・血尿の有無、腎機能、脂質(LDLHDLコレステロール、中性脂肪)、血糖、尿酸の値を把握しておくことは、ドックの結果説明の際に重要になる。一般的な検診・ドックで行われない項目としては、リポプロテイン(a)、ホモシステインの測定はそれぞれ単独の動脈硬化の危険因子として考えられ、

高ホモシステイン血症は葉酸で治療可能であることからも行いたい項目である。インスリン測定も行われていないことが多いが、簡便に行いうるインスリン抵抗性の指標であるHOMA(Homeostasis Model Assessment)指数 FBS(mg/dL)× FIRI(μU/mL)/405 を算出するため空腹時血糖値と共に測定しておきたい²⁾。我々の施設では以前はsmall dense LDLも測定していたが、外注の検査センターでその測定を中止してしまったため、現在は行っていない。

 

・超音波検査

画像診断としてはまず心臓超音波検査により拡張能を含む左室機能の評価、弁膜症の有無、高血圧を有する受診者では特に左室肥大、左房拡大の有無はもとより、上行大動脈径、可能であれば下行大動脈径の拡大の有無をチェックする。また腹部超音波検査も同時に行い腹部大動脈瘤の有無も確認することも必要である。頚動脈超音波による頚動脈内膜中膜複合体厚の計測は動脈硬化のスクリーニング検査として有用であり³⁾、プラークの評価、頚動脈狭窄度の測定も脳血管障害の予防を考える上で必要な項目である。

 

・運動負荷心電図

 トレッドミルあるいは自転車エルゴメータを用いる運動負荷心電図は心事故の発生や転倒事故の可能性など、非侵襲的検査とは言い難い側面があり、さらには左室肥大、心室内伝導障害、僧房弁逸脱症などの弁膜症を有する例や女性ではその特異度が低下すると考えられる。しかしながら、ST変化などによる心筋虚血の評価のみならず、不整脈の発現の有無、血圧・心拍反応などを同時に評価できる点で重要であり⁴⁾、さらにはDuke treadmill scoreを用いれば、予後評価も可能である⁵⁾。ドック受診者で運動トレーニング開始前のチェックを希望される例が多いことからもプログラムに組み入れたい検査項目である。

 

・携帯型監視装置

 ドックに携帯型心電図監視(ambulatory electrocardiographic monitoring)が必要項目かという点に関しては、不整脈の日差変動などから必ずしも予測値が高いとは思えない。むしろ携帯型血圧記録(ambulatory blood pressure monitoring)は白衣性高血圧あるいは逆白衣性高血圧を鑑別する上で有用で⁶⁾、心臓超音波検査で左室肥大あるいは左室内腔拡大を認める例には、診察時の血圧が正常範囲であっても行う価値があり、同様に降圧剤投与下の受診者に関しても血圧コントロールを評価する上で有用である。今後は睡眠時無呼吸症候群のスクリーニングとして無呼吸モニター・パルオキシメーターも推奨されよう。

 

・その他の低侵襲検査

 冠動脈造影は冠動脈疾患の診断を確立するにおいてgold standardとして位置づけられてきたが、最近のマルチスライスCTの進歩は診断法として近い将来冠動脈造影に取って代わるのではとの期待がある。また、心臓ドックの検査に導入する施設も増加傾向にある。しかしながら、機器により大きな差があるものの、最大の問題点は被爆線量が高い点であろう。特にCT血管造影では、冠動脈造影の約3.5倍から5倍の実効線量の報告もあり⁷⁾、スクリーニングとして適しているかは今後に課題が残る。さらに、先に述べたようにドックにおいては、予測値(predictive value)が高いことが重要であり、この見地からは定量的冠動脈造影(quantitative coronary arteriography)が普及した現在においても、冠動脈の狭窄度の予測値に関して一定の評価が得られていないことは十分に認識すべきである。

 これに対しドブタミン負荷心エコー、運動あるいは薬物負荷による心筋シンチグラムは冠動脈疾患の検出率も高く予後評価も同時に行えることから⁸⁾⁹⁾、現時点ではマルチスライスCTより有用であると考える。シンチグラムも被爆線量の問題はあるが、CT血管造影の約20~50%であり、特にテクネシウム製剤を用いれば被爆線量は抑えられる。また、近い将来においてMRIも注目が高まろう。

 

・おわりに

 以上の検査の組み合わせをどのように行うかに関しては、それぞれのケースにより異なって良いのではないかと思われる(テーラーメイド・ドック)。運動負荷が不可能な場合もあるし、一見して十分な負荷を行えそうにない場合もある。Metabolic syndromeが疑われる例や、糖尿病・高血圧・高脂血症のコントロール不良例ではより高度な検索が必要となるし、逆に低リスク群では運動負荷が十分に行えるのであれば、それ以上の低侵襲検査の必要性もないであろう。この検査の組み合わせを決定する上においてもlow diagnostic technologyの重要性をしておきたい。

 

中山書店 冠動脈疾患プロフェション 5

                    順天堂大学 代田浩之 編集

                     冠動脈疾患の予防戦略 より

 

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